【町工場?風俗?低家賃?】五反田という街の歴史「世界は五反田から始まった」

こんにちは。SHIORI BOOKSめぐみです。

今回ご紹介する作品は、2022年の大佛次郎賞(おさらぎ)を受賞された星野博美著「世界は五反田から始まった」です。


冒頭に著者が、このタイトルを目にした人の九割はおそらく「くすっ」と笑うだろう。と予言しています。私はどういう意味が込められているのだろうかと思い読み始めました。

なぜ五反田は風俗店が多いのか、いまは跡形もないのになぜ工場労働者が多かったのか、交通の便がよく都内でもアクセスしやすいのに、その割になぜ家賃が安いのか…そんな疑問をていねいに紐解いていきます。300ページ以上ありますが、ぐいぐい引き込まれていく作品です。

もくじ

世界は五反田から始まった」ってどんな本?

「世界は五反田から始まった」の表示イメージ
https://genron.co.jp/
genron SHOP より画像転載
  • 著者:星野博美 
  • 初版年月日:2022年7月
  • ページ数:364ページ
  • ジャンル:社会科学

1966年東京の品川区戸越銀座生まれの著者。祖父・星野量太郎が(1903年<明治36年>生まれ)13歳の時に千葉から東京へ出、五反田に町工場を築いてから星野家は戦中をのぞき90年以上をこの界隈で暮らしています。


この作品は、祖父が1974年に亡くなる直前に便箋一冊とB6のノートに書き残した手記(A4で24枚)と、「東京大空襲戦災史・第二巻」に収められた市井の人々の証言や「品川区史」など膨大な資料をもとに五反田の町工場のひと家族、そして五反田の歴史を読み解いていきます。

こんな人に読んでもらいたい

読書のイメージ画像

武蔵小山や五反田住民の方や、職場や学校が五反田界隈にある方

あなたが住んでいる、毎日通っているその土地の興味深い歴史を知ることができます。行政によって箇条書きされた歴史ではなく、そこに生きた人の目を通した町の移り変わりを知ることができる貴重な一冊です。

町工場で働く方 

星野家は、1927年から2021年まで五反田でバルブコック製造を営む町工場でした。東京の町工場が広がる下町の様子は懐かしく感じるでしょう。

印象的なシーンとフレーズ

古いアジアの街並み

戦争を経験した祖父が、幼い孫娘とさいころ遊びや花札をしながら昔話をしてくれた時の会話。

「ここが焼け野っ原になったらな、すぐに戻ってくるんだぞ。家族全員死んでりゃ仕方がねえが、一人でも生き残ったら、何が何でも帰ってくるんだ。わかったな」

博美にはさっぱり意味がわからなかった。

「そいでもって、すぐ敷地の周りに杭を打って、『ほしの』って書くんだ。いいな」

「うんわかった」

「そうしねえと、どさくさにまぐれて、人さまの土地をぶんどる野郎がいるからな」

よく意味はわからないが、おじいちゃんがそう言うなら、そうしよう。

世界は五反田から始まった 第2章 軍需工場(P68-69)星野博美
めぐみ

この祖父の言葉は、最終章の第7章「杭を打て」に続きます。結果的に、まわりの人より少し早いおじいさんの判断力が、家族の命や土地を守ります。

時間の流れと世界の激変の中で、日本の戦争責任について思考を放棄したくなると、友人たちの存在が引き留めてくれる、ということもできる。私が完全にそれを忘れたら、その時は彼らから見捨てられるだろう。

世界は五反田から始まった 第2章 軍需工場(P90)星野博美
めぐみ

星野さんには、日本は戦争被害者の一面もあるけれど、中国やアジアの国々からすると日本は加害者であるという事実が根底にあり、信頼できる作家だなと思いました。

日本では、戦争で「みんな」がどれだけ苦労したかを語ることは好むが、どのような手段を使って個人が生き残ったか、あるいは逃げ延びたかをあまり伝えたがらない傾向がある。

(中略)

祖父は年端もいかない私たちに向け、なんとか死ぬ前に、生き残りの術を伝授しようとしていたのではないか、という気がし始めた。

世界は五反田から始まった 第2章 軍需工場(P109-110)星野博美
めぐみ

著者は、祖父の手記や戦争史を読むにつれて、戦争が起きた場合、どう行動をとればよいかというハンドブックのような感覚で読んでいると書いています。
これは、日本でも近い将来戦争が起きるかもしれないという危機感を持っているということでしょうか。昨今の世界情勢をみていると、わたしも暗澹たる気持ちになります。

戦争について、私たちはよく「二度と起こしてはならない」「平和の大切さを語り継ごう」と言う。それはそれで異論はない。が、夥しい数の人々のあまりに悲惨な死にうちひしがれて「起こしてはならない」で止まってしまうと、「もしまた起きたら」に一向につながらない。

この、失敗と呼ぶにはあまりに手痛い戦争の経験から何かを学ぶとすれば、私は生き延びる方法を知りたい。

壮大な物語に呑みこまれず、立ち止まる力。浅はかな有力者や権力者と距離を置き、孤立しながらも生きる方法。重大な局面に立たされた時の、判断力。頼る人も組織もない場所にたった一人取り残された時、しなければならない交渉術。気高さとともに感動とも程遠い、ずる賢さ。

世界は五反田から始まった 第5章 満州(P247-248)星野博美

まとめ:戦中戦後の東京下町から

東京の下町のイメージ

タイトルに惹かれて読み始めたこの作品。家族の物語と五反田の戦中戦後の様子の歴史を絡ませながら、現代に生きる私達へ警鐘を鳴らしてくれた作品だと思います。

コロナウイルスの流行、ロシアとウクライナの戦争、そして防衛費増額の方針が政府から打ち出されたいまだからこそ読んでほしい1冊です。

知らないことがたくさんありました。

たとえば、小林多喜二は五反田で町工場の労働条件向上のために活動していたとか、東京からも満州に渡った人は(荏原郷開拓団・えばらきょう)1000人以上いて、その数は全国で9番目に多かったとか、戦中には「愛国百人一首」なるものが作られ、その選者には北原白秋や斎藤茂吉などそうそうたるメンバーが名を連ねていたとか…ショッキングでした。

著者が作品のなかで、「国家発揚には文化の面でもあらゆるチャンネルが総動員されるのだなと、ある意味感慨深い」と書かれていたのを読んで、作家の中村文則さんのことを思い出しました。中村さんは、ラジオで戦中に国家発揚に動員された数々の文化人を「カッコ悪い」といい、「だから戦争はノーだ」と声を上げ続けると話していたのを聞いて、同世代として頼もしく感じました。おなじく今回初めて読んだ星野博美さんのことも。

めぐみ

きっと「五反田」の地名に馴染みがなかったらこの本とは出合わなかったでしょう。図らずも以前勤めていた会社がこの界隈にあったことで、この本と私を繋げてくれました。感謝!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

もくじ